サンプル画像

地球のため?エゴのため?とかく求められる環境への配慮

さて、自動車に潜む問題点としてここから詳しく紹介していくのは、自動車と環境問題の関わりについてです。自動車に限ったことではありませんが、ここ十数年になって、人々は口々に「エコ」であることを重視するべきだ、という考えを述べてきました。それは、我々が住まう地球のことを気遣い、地球に優しいことを良しとする動きが活発したことに起因しています。しかし、よく考えても見ると、我々人類による活動が、それほど「地球」に対して影響を与えているのでしょうか?エコを標榜する人達は、「宇宙船地球号」などという合言葉の元、我々人間やその他の動物の住まう母なる大地地球への気遣いを求めています。しかしながら、46億年に渡る長き地球の歴史にとって、我々人間が生まれたのはそれはもうごく最近の出来事に過ぎません。我々人類が文明を持つに至ったのは、1万年にも満たない短い歴史であるのです。西暦で言えばまだ2000年そこそこ、高度な文明社会で言えば、200年もないでしょう。それほどの短い期間の活動で、それほどまでに地球が傷つくのか、甚だ疑問が残っていると私は思います。そもそも、地球は生まれた時には地表面をマグマに覆われた、到底母なる大地だなどとは呼べない存在でした。それが途方も無い時間と共に海が出来、大地が出来、地殻運動によって島が出来、生物が進化して現在の姿へと至ったのです。その長い歴史の中には、巨大隕石によって全面を粉塵に覆われた時代もありました。太陽光の届かない時代も、氷河の支配する時代も、はたまた多くの動物を滅ぼしてしまうような毒ガスの充満した時代もありました。それらによっても、ビクともしなかった地球が、我々卑小な人間程度がいくら騒いだところで、大きなキズを残すことには到底ならないと思います。カスリ傷にすら、ならないのではないでしょうか。それでは、なぜ人々は熱心にエコを唱え、地球のためと言っているのか。それは即ち我々人間のために他なりません。我々が求めているのは、地球の存亡ではなく、あくまで我々の生活が脅かされないことであるのです。そのためには、環境を守り、生態系を守り、今まで通りの生活を続けていけるように努力する必要があるというのです。これは、間違いなくエゴでしょう。人間が豊かな生活を護るために行っているエコというと、人々は引け目を感じてしまうことがあるかもしれません。それを巧妙に隠し、あたかも自分たちが正しく素晴らしい活動をしているのだという錯覚を与えることで、このエコ活動というのは成り立っているのでしょう。勘違いされないように申し上げておきますが、何も私はこれらのエコ活動について否定するわけではありません。豊かな生活、今まで通りの生活は我々にとって間違いなく重要な事です。そのためのエコ活動というのは、否定されるべきではありません。しかしながら、この環境問題については多くのウソが潜んでいることを、忘れてはいけないと思います。例えば、環境問題の中でもよく取り上げられる「温暖化」がなぜ悪いのか、ちゃんと説明出来る方はいらっしゃるでしょうか?「北極の氷が溶けることで海水面が上昇し、水没する地域がある」とお考えの方、是非押入れから小学校の理科の教科書を探しだしてご覧になることをお勧めします。水に浮かんだ氷が溶けたとしても、水面は決して上昇しません。グラス水を入れ、氷を浮かべて溶かしてみれば、分かることです。それでは「南極は大陸の上に氷があるのだから、溶けたら海水面は上昇する」とお考えの方、北極よりはよほどマシですが、これも間違っています。それは何故か?南極大陸の直上だけ温暖化するだなんてことは、ありえないからです。もし温暖化によって気温が上がるのならば、それは地球全体に及ぶものです。つまり、南極大陸の氷が溶けて水面が上がるよりも多くの量の海水が、蒸発することになるのです。そのため、海水面は上昇しませんし、あるいは下降する方が可能性は高いと言います。これだけとってみても、環境問題というのがいかにウソだらけで認識されているのか、すぐに分かることです。そこで我々は、環境に配慮しつつも、ソレが本当はどういった意図を持っているのか、それをよく考えながら生活しなければいけません。車による環境問題は、排気ガスに含まれた温室効果ガスへの問題意識が根幹となっています。それを減らすことが、果たして本当に「エコ」なのか?常にどこかにその考えを持っていることを忘れないようにすることが、「リテラシー」というものではないでしょうか。

先日、お気に入りのうるる 桜通 錦店へ食事に行きました。

グラン シャリオ - HOT PEPPERグルメ
グラン シャリオの情報はここ

関連リンク